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大阪地方裁判所 平成元年(ワ)44号 判決 1991年10月15日

甲事件原告(乙事件被告)

康村広

右訴訟代理人弁護士

谷口進

甲事件被告(乙事件原告)

光和商事株式会社

右代表者代表取締役

松岡光浩

右訴訟代理人弁護士

平井満

主文

一  甲事件原告(乙事件被告)の請求を棄却する。

二  乙事件被告(甲事件原告)は、乙事件原告(甲事件被告)に対し、金三一五万四五八〇円及びこれに対する平成元年三月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  乙事件原告(甲事件被告)のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は甲・乙事件を通じてこれを四分し、その三を甲事件原告(乙事件被告)の負担とし、その余を甲事件被告(乙事件原告)の負担とする。

五  この判決は、第二項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  甲事件請求の趣旨

1  甲事件原告(乙事件被告―以下、原告という。)と甲事件被告(乙事件原告―以下、被告という。)との間に雇用契約が存在することを確認する。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  甲事件請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

三  乙事件請求の趣旨

1  原告は、被告に対し、金九四六万三七四〇円及びこれに対する平成元年三月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  仮執行の宣言

四  乙事件請求の趣旨に対する答弁

1  被告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

第二当事者の主張

(甲事件について)

一  請求原因

1 被告は金融業等を目的とする株式会社である。

原告は、昭和六三年六月一日、被告に雇用された。

2 被告は、昭和六三年一二月二六日付で原告を懲戒解雇したと称して雇用契約の存在を争う。

3 よって、原告は、被告に対し、原告と被告との間に雇用契約が存在することの確認を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因事実は全て認める。

三  抗弁

1 被告は、原告に対し、昭和六三年一二月二六日、原告を就業規則三六条五号(故意または重過失により災害または営業上の事故を発生させ、会社に重大な損害を与えたとき)に基づき懲戒解雇する旨の意思表示をした(以下、本件懲戒解雇という。)。

2 本件懲戒解雇がなされた経緯は、以下のとおりである。

(1) 甲原孝博に対する貸付と損害の発生

<1> 被告は、昭和六二年一〇月ころ、甲原孝博(以下、訴外甲原という。)から、融資の申込を受け、稟議の結果、同人所有の別紙物件目録(略)一ないし四記載の土地(以下、本件土地という。)に抵当権を設定することを条件にこれに応ずることにし、同月一七日、右抵当権設定登記がなされる見込の下に、同人に対し、金一億一九五〇万円を貸し付けた(以下、これを本件貸付という。)。

<2> しかるに、被告において本件貸付を担当した乙串幸旦(以下、訴外乙串という。)は、訴外甲原から本件土地に抵当権設定登記手続をするために必要にして十分な権利証、印鑑証明書等の書類の交付を受けながら、同人に言われるままに抵当権設定登記手続を行わず、また、このことを訴外松岡にも報告することもなく、漫然と印鑑証明の有効期限である同年一二月一三日を徒過した。そのため、訴外甲原から新たな印鑑証明書の交付を受けることなしには抵当権設定登記手続をすることが不可能となった。

<3> 被告代表者である松岡光弘(以下、訴外松岡という。)は、同年一二月一六日に訴外乙串及び原告から右事態の報告を受け、直ちに根抵当権設定仮登記仮処分手続をとることを被告訴訟代理人弁護士平井満(以下、平井弁護士という。)に依頼した。平井弁護士は、翌一七日、奈良地方裁判所に右仮処分手続を申請し、同日決定を得た。しかし、本件土地については、すでに前日である一六日付で同日売買を原因とする和田次男に対する所有権移転登記がなされていたので、右仮登記手続は執行不能となった。

<4> 被告は、事態を打開し、早期に貸金を回収するため、訴外甲原に対する刑事告訴を検討しつつ、同人に対し、平井弁護士を通じて貸金の返還を求めた。しかし、訴外甲原との間で新たに抵当権設定登記手続を実行することもできず、同人との交渉が決裂すると貸金全額につき回収の見込がたたなかったことから、結局、同年一二月二四日、同人との間で、同人が被告に対し金一億〇六〇〇万円を支払うのと引き換えに被告が残金の返還請求権を放棄する旨の和解契約を締結し、この問題を解決した。

<5> 以上の経過により、被告は、貸付元金である金一億一九五〇万円から既回収額金一億〇六〇〇万円及び訴外甲原から事前に徴収していた預り金四〇三万六二六〇円を差し引いた金九四六万三七四〇円を回収することが不可能となり、同額の損害を蒙った。

(2) 原告の責任

<1> 被告における地位

原告は、被告の常務取締役として代表取締役である訴外松岡に次ぐ地位にあり、被告の主たる営業である貸付業務の全体を統括し、併せて部長である訴外乙串以下の従業員に対する教育管理等を行っていた。それゆえ、原告は、被告における貸付金及び経費の支出等金銭の出し入れ全てにつき決済をなし、大口貸付についての検討のため月に一、二度開かれる幹部会で司会を行い、また五〇〇万円以上の貸付につき訴外松岡の決済を受けるための最終的な窓口にもなっていた。このように原告が被告において担当していた職務が重大であったことの対価として、原告には、毎月基本給金四七万五〇〇〇円、役職手当金二〇万円、職務手当金一八万五〇〇〇円及び家族手当金二万円の合計金八八万円もの高給が支払われていた。

<2> 本件貸付への関与

本件貸付の直接の担当者は前記のとおり訴外乙串であった。しかし、原告もまた前記のとおり被告会社における貸付全体を統括する地位にあったことから、本件貸付についても訴外乙串から報告を受け、これを承認し、乙串と同道して訴外松岡の決済を受ける等、本件貸付に当初から関与し、訴外乙串からの報告により貸付をするについての内部的条件となっていた本件土地に対する抵当権の設定登記がなされていないことを知っていた。

<3> 義務違反

原告は、右のとおり訴外乙串が抵当権設定登記を行わないまま訴外甲原に対する貸付を実行している事実を知りながら、以下のとおり貸付統括者として当然なすべき義務を著しく怠り、被告をして右登記をなす機会を失わせ、前記損害を与えた。

Ⅰ 印鑑証明の有効期限を徒過させた責任

原告は、本件貸付が実行された当初から訴外乙串の報告を受けて抵当権設定登記がなされていないことを知っていた。しかるに、乙串に頼まれるまま、幹部会の場でも右事実を公表せず、訴外松岡にも報告しないで、漫然とこれを放置し、遂に印鑑証明書の有効期限である昭和六三年一二月一三日を徒過させ、右登記を不可能にした。

Ⅱ 事後の法的手続を不能にした責任

訴外乙串は、昭和六三年一二月一三日には平井弁護士に対応策を相談し、この時点で仮登記仮処分等の法的手続が可能で急を要することを理解し、翌一四日には訴外松岡に右事実を報告しようとしていた。しかるに、原告は、翌一五日が被告の賞与支給日であり、右事態が賞与の支給額に影響することを恐れ、訴外乙串に対し一六日まで報告を遅らせるように指示した。

仮に原告の訴外乙串に対する右指示がなければ、被告は、一二月一四日には仮登記仮処分決定を受けてこれを登記し(このことは前記のとおり和田次男に対する本件土地の所有権移転登記が一二月一六日付でなされていることからして明らかである。)、これにより本件土地を担保として把握し、損害を発生を回避することが可能であった。

(3) 懲戒解雇事由該当性

以上の事実からすると、原告の本件貸付に関する原告の行為が「故意または重過失により業務上の事故を発生させ、会社に重大な損害を与えたとき」との懲戒事由に該当することは明らかである。

3 仮に2が認められないとしても、被告が昭和六三年一二月二六日にした解雇の意思表示は通常解雇の意思表示を含むものであり、かつ、被告は即時解雇に固執するものではない。したがって、同日より三〇日を経過することにより解雇の効力が生じている。

四  抗弁に対する認否

1 抗弁1の事実は認める。

2 同2について

(1)<1> (1)<1>ないし<3>の事実は認める。

<2> (1)<4>のうち、被告が事態を打開し、早期に貸金を回収するため、訴外甲原に対する刑事告訴を検討しつつ、同人に対し、平井弁護士を通じて貸金の返還を求めた事実は認め、その余の事実は知らない。

<3> (1)<5>のうち、被告の未回収額は知らず、右額が被告が蒙った損害であるとの主張は争う。

(2)<1> (2)<1>のうち、原告が被告の常務取締役であり、被告主張の給与の支払を受けていたことは認め、その余の事実は否認する。

原告は、昭和六三年六月に被告に入社したが、その直後から被告が開設を予定していたパチンコ店の準備の仕事を担当し、同年九月の一か月間は、同店経営のノウハウを修得するため訴外松岡と懇意なパチンコ店で働いており、この時期までは貸付業務に全く関与しておらず、さらに一〇月以降も原告自身が担当した貸付は一件もなく、また責任者として貸付金の管理回収をしたこともなかった。この間、被告で貸付の最高責任者となったのは訴外乙串であり、原告は、例外的に乙串から相談を受けることはあったが、それも上司としての立場ではなく個人的な関係からであり、貸付金に対する経過報告はすべて訴外乙串から訴外松岡になされていた。このことの当然の結果として、貸付関係につき訴外松岡ら原告に相談がなされたことはなく、原告に対し債権管理関係の指示がなされることもなかった。

右のとおり、原告は、被告で常務取締役という肩書はあったものの、常務的な仕事は何も行っておらず、日常業務において訴外乙串の上司としての仕事はなかった。

<2> (2)<2>のうち、本件貸付の直接の担当者が訴外乙串である事実、原告が本件貸付につき訴外乙串と同道して訴外松岡の決済を受けた事実、本件貸付についての内部条件となっていた本件土地に対する抵当権設定登記がなされていないことを知っていた事実は認め、その余の事実は否認する。

確かに、訴外乙串は、原告に対し、抵当権設定登記を行っていない事実を告げている。しかし、右告白は、あくまで私的な相談としてなされたものであり、原告がその職務行為の一環として知った事実ではない。

<3> (2)<3>の事実はいずれも否認する。

原告が、本件土地につき抵当権を設定していない事実を知ったのは、あくまで訴外乙串からの私的な相談を受けたからであり、これに対しては個人的に担保設定をするよう何度も助言し、勧告している。しかし、右事実が原告が職務行為の一環として知り得たものではないこと、原告は訴外乙串の上司としての立場になかったことからすると、原告には右事実を訴外松岡に報告すべき義務も権限もないものというべきである。

(3) (3)の事実は否認する。

元来、担保権の登記がなされたか否かは、当該物件の登記簿を見れば直ちに判明する事実である。凡そ金融業を営む会社にあっては、担保物件については、当該登記簿を貸付記録に添付する等してその管理を行っているのが通常であり、被告においてもその体制が整っていれさえすれば、本件のような事故は容易に防げたはずである。すなわち、本件土地に抵当権設定登記がなされていないとの事実は原告の報告を待たなければ知り得ない事実とはいえないのであるから、仮に、原告に、右事実を訴外松岡等に報告する義務があったとしても、その義務違反の程度は極めて軽微であり到底懲戒解雇事由としての重大な過失には当たらない。

3 同3の事実は否認し、その主張は争う。

五  再抗弁

仮に、原告の行為が形式的に懲戒解雇事由に該当するとしても

訴外松岡を含め被告の貸付担当者が貸付に関し、重大な過失により被告に損害を与えたことは多々ある。しかし、これにより懲戒解雇された例はない。したがって、原告に対する懲戒解雇は権利の濫用として無効である。

六  再抗弁に対する認否

再抗弁事実は否認し、その主張は争う。

(乙事件について)

一  請求原因

1 被告は金融業等を目的とする株式会社である。

原告は、昭和六三年六月一日、被告に雇用された。

2 訴外甲原に対する貸付と損害の発生

(1) 被告は、昭和六三年一〇月ころ、訴外甲原から、融資の申込を受け、稟議の結果、本件土地に抵当権を設定することを条件にこれに応ずることにし、同月一七日、右抵当権設定登記がなされる見込の下に、同人に対し、本件貸付を行った。

(2) しかるに、被告において本件貸付を担当した訴外乙串は、訴外甲原から本件土地に抵当権設定登記手続をするために必要にして十分な権利証、印鑑証明書等の書類の交付を受けながら、同人に言われるままに抵当権設定登記手続を行わず、また、このことを訴外松岡にも報告することもなく、漫然と印鑑証明の有効期限である同年一二月一三日を徒過した。そのため、訴外甲原から新たな印鑑証明書の交付を受けることなしには抵当権設定登記手続をすることが不可能となった。

(3) 訴外松岡は、同年一二月一六日に訴外乙串及び原告から右事態の報告を受け、直ちに根抵当権設定仮登記仮処分手続をとることを平井弁護士に依頼した。平井弁護士は、翌一七日、奈良地方裁判所に右仮処分手続を申請し、同日決定を得た。しかし、本件土地については、すでに前日である一六日付で同日売買を原因とする和田次男に対する所有権移転登記がなされていたので、右仮登記手続は執行不能となった。

(4) 被告は、事態を打開し、早期に貸金を回収するため、訴外甲原に対する刑事告訴を検討しつつ、同人に対し、平井弁護士を通じて貸金の返還を求めた。しかし、訴外甲原との間で新たに抵当権設定登記手続を実行することもできず、同人との交渉が決裂すると貸金全額につき回収の見込がたたなかったことから、結局、同年一二月二四日、同人との間で、同人が被告に対し金一億〇六〇〇万円を支払うのと引き換えに被告が残金の返還請求権を放棄する旨の和解契約を締結し、この問題を解決した。

(5) 以上の経過により、被告は、貸付元金である金一億一九五〇万円から既回収額金一億〇六〇〇万円及び訴外甲原から事前に徴収していた預り金四〇三万六二六〇円を差し引いた金九四六万三七四〇円を回収することが不可能となり、同額の損害を蒙った。

3 原告の責任

(1) 被告における地位

原告は、被告の常務取締役として代表取締役である訴外松岡に次ぐ地位にあり、被告の主たる営業である貸付業務の全体を統括し、併せて訴外乙串以下の従業員に対する教育管理等を行っていた。それゆえ、原告は、被告における貸付金及び経費の支出等金銭の出し入れ全てにつき決済をなし、大口貸付についての検討のため月に一、二度開かれる幹部会で司会を行い、また五〇〇万円以上の貸付につき訴外松岡の決済を受けるための最終的な窓口にもなっていた。このように原告が被告において担当していた職務が重大であったことの対価として、原告には、毎月基本給金四七万五〇〇〇円、役職手当金二〇万円、職務手当金一八万五〇〇〇円及び家族手当金二万円の合計金八八万円もの高給が支払われていた。

(2) 本件貸付への関与

本件貸付の直接の担当者は前記のとおり訴外乙串であった。しかし、原告もまた前記のとおり被告会社における貸付全体を統括する地位にあったことから、本件貸付についても訴外乙串から報告を受け、これを承認し、乙串と同道して訴外松岡の決済を受ける等、本件貸付に当初から関与し、訴外乙串からの報告により貸付をするについての内部的条件となっていた本件土地に対する抵当権の設定登記がなされていないことを知っていた。

(3) 義務違反

原告は、右のとおり訴外乙串が抵当権設定登記を行わないまま訴外甲原に対する貸付を実行している事実を知りながら、以下のとおり貸付統括者として当然なすべき義務を著しく怠り、被告をして右登記をなす機会を失わせ、前記損害を与えた。

<1> 印鑑証明の有効期限を徒過させた責任

原告は、本件貸付が実行された当初から訴外乙串の報告を受けて抵当権設定登記がなされていないことを知っていた。しかるに、乙串に頼まれるまま、幹部会の場でも右事実を公表せず、訴外松岡にも報告しないで、漫然とこれを放置し、遂に印鑑証明書の有効期限である昭和六三年一二月一三日を徒過させ、右登記を不可能にした。

<2> 事後の法的手続を不能にした責任

訴外乙串は、昭和六三年一二月一三日には平井弁護士に対応策を相談し、この時点で仮登記仮処分等の法的手続が可能で急を要することを理解し、翌一四日には訴外松岡に右事実を報告しようとしていた。しかるに、原告は、翌一五日が被告の賞与支給日であり、右事態が賞与の支給額に影響することを恐れ、訴外乙串に対し一六日まで報告を遅らせるように指示した。

仮に原告の訴外乙串に対する右指示がなければ、被告は、一二月一四日には仮登記仮処分決定を受けてこれを登記し(このことは前記のとおり和田次男に対する本件土地の所有権移転登記が一二月一六日付でなされていることからして明らかである。)、これにより本件土地を担保として把握し、損害を発生を回避することが可能であった。

4 よって、被告は、原告に対し、不法行為に基づく損害賠償請求として、金九四六万三七四〇円及びこれに対する反訴状送達の日の翌日である平成元年三月二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1の事実は認める。

2 同2について

(1) (1)ないし(3)の事実は認める。

(2) (4)のうち、被告が事態を打開し、早期に貸金を回収するため、訴外甲原に対する刑事告訴を検討しつつ、同人に対し、平井弁護士を通じて貸金の返還を求めた事実は認め、その余の事実は知らない。

(3) <5>のうち、被告の未回収額は知らず、右額が被告が蒙った損害であるとの主張は争う。

3 同3について

(1) (1)のうち、原告が被告の常務取締役であり、被告主張の給与の支払を受けていたことは認め、その余の事実は否認する。

原告は、昭和六三年六月に被告に入社したが、その直後から被告が開設を予定していたパチンコ店の準備の仕事を担当し、同年九月の一か月間は、同店経営のノウハウを修得するため訴外松岡と懇意なパチンコ店で働いており、この時期までは貸付業務に全く関与しておらず、さらに一〇月以降も原告自身が担当した貸付は一件もなく、また責任者として貸付金の管理回収をしたこともなかった。この間、被告で貸付の最高責任者となったのは訴外乙串であり、原告は、例外的に乙串から相談を受けることはあったが、それも上司としての立場ではなく個人的な関係からであり、貸付金に対する経過報告はすべて訴外乙串から訴外松岡になされていた。このことの当然の結果として、貸付関係につき訴外松岡ら原告に相談がなされたことはなく、原告に対し債権管理関係の指示がなされることもなかった。

右のとおり、原告は、被告で常務取締役という肩書はあったものの、常務的な仕事は何も行っておらず、日常業務において訴外乙串の上司としての仕事はなかった。

(2) (2)のうち、本件貸付の直接の担当者が訴外乙串である事実、原告が本件貸付につき訴外乙串と同道して訴外松岡の決済を受けた事実、本件貸付についての内部条件となっていた本件土地に対する抵当権設定登記がなされていないことを知っていた事実は認め、その余の事実は否認する。

確かに、訴外乙串は、原告に対し、抵当権設定登記を行っていない事実を告げている。しかし、右告白は、あくまで私的な相談としてなされたものであり、原告がその職務行為の一環として知った事実ではない。

(3) (3)の事実はいずれも否認する。

原告が、本件土地につき抵当権を設定していない事実を知ったのは、あくまで訴外乙串からの私的な相談を受けたからであり、これに対しては個人的に担保設定をするよう何度も助言し、勧告している。しかし、右事実が原告が職務行為の一環として知り得たものではないこと、原告は訴外乙串の上司としての立場になかったことからすると、原告には右事実を訴外松岡に報告すべき義務も権限もないものというべきである。

元来、担保権の登記がなされたか否かは、当該物件の登記簿を見れば直ちに判明する事実である。凡そ金融業を営む会社にあっては、担保物件については、当該登記簿を貸付記録に添付する等してその管理を行っているのが通常であり、被告においてもその体制が整っていれさえすれば、本件のような事故は容易に防げたはずである。すなわち、本件土地に抵当権設定登記がなされていないとの事実は原告の報告を待たなければ知り得ない事実とはいえないのであるから、仮に、原告に、右事実を訴外松岡等に報告する義務があったとしても、その義務違反の程度は極めて軽微であり損害賠償義務を負う根拠とはならない。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるからこれを引用する(略)。

理由

第一甲事件に対する判断

一  請求原因事実は全て当事者間に争いがない。

二  抗弁について判断する。

1  抗弁1の事実、同2(1)<1>ないし<3>の各事実及び同<4>のうち、被告が事態を打開し、早期に貸金を回収するため、訴外甲原に対する刑事告訴を検討しつつ、平井弁護士を通じて貸金の返還を求めた事実はいずれも当事者間に争いがなく、(証拠略)の全趣旨によると、被告は、昭和六三年一二月二四日、訴外甲原との間で新たに抵当権設定登記手続を実行することもできず、同人との交渉が決裂すれば貸金全額についての回収が危ぶまれたことから、同人との間で、同人が被告に対し金一億〇六〇〇万円を支払うのと引き換えに被告が残金の返還請求権を放棄する旨の和解契約を締結することによりこの事件を解決したこと、これにより被告においては、貸付元本につき金九四六万三七四〇円の未回収金が生じた事実が認められる(なお、右未回収金が直ちに乙事件において原告が被告に対し賠償義務を負担するという意味での「損害」とはならないことについては後述する。)

2  そこで、原告の責任につき検討する。

(1)<1> 原告の地位について

原告が被告の常務取締役である事実、被告から原告に対し毎月基本給金四七万五〇〇〇円、役職手当金二〇万円、職務手当金一八万五〇〇〇円及び家族手当金二万円の合計金八八万円の給与が支払われていた事実は当事者間に争いがないこと(証拠略)によると、原告は、被告における稟議書、金銭の出納を明らかにする振替伝票、貸付先の資力等を調査した結果を記載した調査表のいずれについても訴外松岡の次順位に決済印を捺していること(なお、稟議書における原告の次順位は部長である訴外乙串である。)が認められること、証人乙串幸旦及び被告代表者本人尋問の結果によれば、原告は、被告において大口貸付についての検討のため月に一、二度開かれる幹部会で司会兼進行役を努めていること、金五〇〇万円を超える貸付については原則として訴外松岡の決済を得る前に原告に報告がなされていることが認められ、右事実からすると、原告は、被告において訴外松岡に次ぐ地位にあり、被告の主たる業務である貸付業務全体を統括し、部長である訴外乙串以下の従業員を管理する立場にあったものと認めるのが相当である。

これに対し、原告は、被告における貸付業務の最高責任者は訴外乙串であり、原告は訴外乙串の上司としての立場になかった旨を主張し、その本人尋問の結果において、これに副う供述をなすが、右供述は前記認定の事実に照らして措信できない。

<2> 原告の本件貸付への関与について

本件貸付の直接の担当者が訴外乙串であったこと、原告が本件貸付につき乙串と同道して訴外松岡の決済を受けたこと及び本件貸付についての被告の内部条件となっていた本件土地に対する抵当権設定がなされていないことを知っていたこと、以上の事実は当事者間に争いがなく、右事実と成立に争いがない(証拠略)を総合すると、以下の事実が認められる。

原告は、本件貸付をする以前から別件の貸付の件で訴外甲原を知っていたこと、本件貸付については、訴外乙串から頼まれ同人と伴に訴外松岡の決済を得たこと、その際本件土地に抵当権を設定すること及び同土地の権利証を預かることが貸付の内部的条件であることを認識していたこと、訴外乙串は本件貸付を実行する際に訴外甲原から抵当権設定登記に必要な書類を預かり、一旦は登記申請をなしたにもかかわらず、訴外甲原から他の銀行から借入を受けるにつき被告の登記があることが障害になるといわれ右申請を取り下げ、同時に本件土地の権利証も訴外甲原に返還したこと、原告は右事実を知っていたこと、訴外乙串は、昭和六三年一一月に開かれた幹部会で、本件貸付につき条件のとおり抵当権を設定している旨を説明したが、同会の終了後、原告に対し、実際には右説明に反し抵当権は設定されていないことを報告し、併せてこの事実を訴外松岡には秘密にしておくように頼んだこと、これに対し、原告は訴外乙串に対し登記手続を取るようにとの忠告はしたものの、同年一二月一六日に至るまで右事実を訴外松岡及び幹部会のいずれにも報告しなかったこと、原告は、同年一二月に入り訴外乙串から会社の意向として訴外甲原に伝えてくれと頼まれて、同人に対し、貸金を返済するか、新たな印鑑証明書(訴外乙串が当初預かった印鑑証明書の有効期限は一二月一三日であった)を送付するかいずれかを実行するようにとの電話をしたこと、しかし、訴外甲原はそのいずれも実行しなかったこと、訴外乙串は、印鑑証明書の有効期限である一二月一三日に訴外甲原からの返済もなく、また、新たな印鑑証明書も送付されて来なかったので、同人に連絡して新たな印鑑証明書の送付を促すとともに、平井弁護士に対し電話で事態を解決するための法的手続について相談をしたこと、訴外乙串は、翌一四日になっても約束に違反し訴外甲原から新たな印鑑証明書が来ず、同人との連絡も途絶えたことを契機に、これまでの経緯のすべてを訴外松岡に報告することを決意し、原告にその旨を伝えたこと、これに対し、原告は、訴外松岡への報告は一六日までしないようにと助言したこと、仮に、一四日に訴外松岡への報告がなされ、直ちに法的手続が取られていたなら本件土地に仮登記仮処分が設定され店舗の保全がなされていた蓋然性は高いこと、以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(2) 右で認定した事実に基づき原告の義務違反の有無及びその程度につき考える。

右認定によれば、原告は、被告の貸付業務全般を統括する常務取締役として、被告に対し、訴外乙串の業務遂行を監督し、これを始動すべき職務上の義務を負っていたことが認められる。

しかるに、前記認定によると、原告は、訴外乙串が貸付の内部条件となっていた本件土地に対する抵当権設定登記を行わず、同土地の権利証を訴外甲原に返還している事実を知っていたにもかかわらず、訴外乙串が幹部会において本件貸付につき正当な手続がなされているかのごとき虚偽の報告をするのを黙認し、同人に対し登記手続を取るよう忠告はしたものの、同人に請われるまま訴外松岡に対し右事実を報告することなく漫然と印鑑証明書の有効期限を徒過し、しかも、訴外乙串が一二月一四日に訴外松岡に対し右事実を報告しようとしたのを押し止めることにより、被告が本件土地に対する抵当権設定登記をなしうる最後の機会を失わせたことが認められ、右事実からすると、原告は、前記職務上の義務に著しく怠り、被告の担保権設定の機会を奪いこれにより前記未回収金を発生させたものといわざるを得ない。

これに対し、原告は、本件土地に対する抵当権が未設定である事実を知ったのは訴外乙串から私的な相談を受けたからに過ぎず、原告は職務行為の一環として右事実を知ったわけではないとして、原告に義務違反はない旨を、また、被告の業務体制が整備されていれば、右抵当権未設定の事実は原告からの報告がなくても容易に知り得たはずであるとして原告の義務違反の程度は軽微であった旨を各主張する。しかし、原告が訴外乙串の上司としてこれを監督すべき立場にあったことは前記認定のとおりであること、さらに、仮に被告の業務体制に不備であったとしても業務を統括する立場にあった原告の責任がこれを理由に軽減されるはずがない(体制が不備であれば、原告個人が果たすべき役割はそれだけ重大になりその責任は重くなる。)ことからして、右原告の主張は採用できない。

3  成立に争いがない(証拠略)によると、被告の就業規則には、懲戒解雇事由として「故意または重過失により営業上の事故を発生させ、会社に重大な損害を与えたとき」との条項が定められていることが認められ、2で認定した事実によると、原告の本件貸付に関する行為は、右条項に該当するものとと(ママ)して懲戒解雇事由に該当するものと認めるのが相当である。

三  再抗弁につき判断する。

原告は、訴外松岡を含む他の貸付担当者も重大な過失により被告に損害を与えたにもかかわらず、懲戒解雇された例はないことを根拠に本件懲戒解雇が権利の濫用であると主張する。

しかし、右原告の主張を認めるに足りる証拠はないし、他にも本件懲戒解雇を権利の濫用とすべき根拠となる事実を認めるに足りる証拠はないから、再抗弁は理由がない。

四  以上のとおりであるから、原告の請求はその余の点につき判断するまでもなく理由がない。

第二乙事件に対する判断

一  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  請求原因2及び3に対する当裁判所の判断は、第一(甲事件に対する判断)の二1及び2に判示したとおりである。

すなわち、原告は、職務上の義務に著しく怠り、被告に対し金九四六万三七四〇円の未回収金を発生させたといわざるを得ない。

三  そこで、乙事件について、原告が賠償すべき具体的金額につき判断する。

1  一般に、裁判所は、損害賠償請求事件における損害額を定めるについては、当該事件に現れた一切の事情を斟酌してこれをなすことができるとされていることからして、当裁判所は、本件のように業務遂行中の義務違反によって生じた事故についての損害賠償請求においては、雇用関係における信義則及び公平の見地から諸事上(ママ)を慎重に検討し、その額を決定すべきと考える。

2  右見地から本件をみるに、

(1) そもそも、被告のように金銭貸付を業務とする企業(被告代表者本人尋問の結果によると年間の貸付総額は五〇〇億から六〇〇億であることが認められる。)の従業員は、その給与からみて容易に返済できない額の貸付を担当しているのが通常であることからして、仮に従業員の落度で未回収となった金銭のすべてを当該従業員個人が賠償すべきとすることは、従業員にとって余りにも酷な結果をもたらすこと、企業の側でも、右従業員に対する統制手段としては懲戒解雇を含む懲戒規定を定め、第一次的には、懲戒権を行使することにより企業秩序の維持を図り、損害賠償の請求はこれにより秩序の回復ができない例外的な場合にのみなすことで満足すべきと考えられること、現に、(証拠略)によると、被告の就業規則にも「従業員が故意または過失によって会社に損害を与えたときは、その全部または一部の損害賠償を求めることがある。ただし、これによって第三四条(懲戒解雇規定)の制裁を免れるものではない。」との規定があることが認められ、従業員が被告に損害を与えた場合においてもその全部または一部の損害賠償求めることがあるに過ぎず、これを全額請求することが原則であるとは定められていないこと、本件でも、被告が原告に対する損害賠償請求(乙事件)を提起したのは、懲戒解雇の効力を争う訴訟(甲事件)が提訴された後であり、原告、被告代表者各本人尋問の結果によると、訴外松岡が、本件懲戒解雇が(ママ)した時点で、原告に対し損害賠償までも請求する意図を有していたとは認められないことからすると、乙事件は甲事件に対抗して提訴されたものであることが窺えること、

(2) 次に、被告の蒙った実損害の観点からみても、被告代表者本人尋問の結果によれば、訴外甲原は、本件貸付についての利息の支払は履行していたことが認められるところ、本件貸付の利息がいくらであったかについてはこれを確定できる証拠はないが、証人乙串幸旦がその証言中で金利日歩八銭以下の貸付については別途上司の決済が必要であった旨を述べていること、(証拠略)から窺える被告の貸付金利はいずれも利息制限法をかなり上回るものであることが認められることからすると、被告が受け取った利息は利息制限法に違反するものであった疑いが強いこと、さらに、確かに訴外甲原との示談交渉が決裂すれば、貸付全額についての回収が危ぶまれたことは前記認定のとおりであるにしても、(証拠略)によれば、訴外甲原との和解が成立した昭和六三年一二月二四日には和田次男に対する所有権移転登記は錯誤を理由に抹消されていたことが認められる等、本件土地の権利関係の推移と先に認定した訴外甲原の行動とから判断すると、被告に本件貸付金全額を回収する可能性がなかったとは言い切れないこと、

(3) さらに、本件懲戒解雇が有効であり、これにより原告は本件貸付について十分な制裁を受けたと評価できること、

等を併せ考えると、本件での未回収金のすべてを原告が賠償義務を負う「損害」と認定することは信義則及び公平の見地から相当ではなく、原告が賠償すべき金額としては前記金九四六万三七四〇円の三分の一に相当する金三一五万四五八〇円と定めるのが相当である。

四  以上のとおりであるから、被告は、原告に対し、金三一五万四五八〇円及びこれに対する反訴状送達の日の翌日である平成元年三月二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があることになる。

第三結論

よって、原告の請求は理由がないから棄却し、被告の請求は主文第二項掲記の限度で理由があるから認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 野々上友之)

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